目にまつわるエピソード

有名人と目のエピソード

みなさんこんにちは。潤ヒトミです。

コンタクトレンズ講座第一話で、コンタクトレンズの原理を最初に発見したのは天才発明家「レオナルドダヴィンチ」とレクチャーしました(覚えてますか?)

「あのレオナルドダヴィンチが!」とわたしもレクチャーしながら興奮したものですが、目にまつわる意外なエピソードは世界各地にまだまだあります。

そこで今回は目にまつわる世界のエピソードをレクチャー。 あの世界的有名人にあんなエピソードが!?

アイシャドーの発案者は世界三大美女の一人?

コンタクトレンズ アイシャドー

目を美しく見せるメークとして知られている「アイシャドー」。

コンタクトレンズを装用する際のアイシャドーのひき方については、コンタクトレンズ講座でもレクチャーしましたが、発案者はいったい誰なんでしょうか?

答えは世界三大美女に数えられる「クレオパトラ」!

正確には古代エジプト人、ということになるのですが、思い出してみてください。

映画や絵画などで、古代エジプト人のアイシャドーを見たことがあるのではないでしょうか。

有名な「ツタンカーメンの黄金の仮面」にも目の周りに彩色が施されています。

そしてクレオパトラもまた、アイシャドーをしていたとされています。

クレオパトラのアイシャドーはさぞかし妖艶な…と、思うかもしれませんが、実は当時のアイシャドーは、メークのためではなかったようです。

諸説がありますが、理由として考察されているのが

(1)魔よけのため
(2)強い日差しから目を保護するため
(3)殺虫効果のある粉をつけ、目の病気を防ぐため

うーん、どれも当てはまりそうです。

いずれにしろ、アイシャドーの原形は古代エジプトで生まれ、世界に広まりました。

ただ、メークとして一般化したのは意外なほど遅く、二十世紀になってから。

日本に入ってきたのも、明治時代ごろだそうです。

「目からウロコ」が落ちたのは誰が最初?

コンタクトレンズ 目からウロコ 

目にまつわる慣用句、ことわざは数多くありますが「目からウロコが落ちる」という慣用句をご存じでしょうか?

「今までわからなかったことが理解できるようになる」ことのたとえですが、最初に目からウロコが落ちた人物とは?

ずばり!「パウロ」です!

…パウロと言っても世界的に有名な方ではないのでピンとこないですよね。

パウロはキリスト教の「聖書」に登場する方で、聖人の一人に数えられています。

ものすごく要約して解説しますが、最初パウロはキリスト教を迫害する立場で、いわばキリストの敵。

…だったのですが、パウロはキリストによって改心しました。

そしてパウロは洗礼を受ける際に「目からウロコのようなものが落ち」、見えなくなっていた目が見えるようになったと記されています。

ちなみに聖書には「豚に真珠」「七転び八起き」など、日本でも馴染みの深い慣用句の起源となったエピソードが数多くあります。

まさに「バイブル」ですね!

コンタクトレンズの名付け親

コンタクトレンズ 発明 起源

それでは最後に、わたしたちがお世話になっているコンタクトレンズの名づけ親のエピソードをご紹介いたします。

コンタクトレンズの原理を発見したのは「レオナルドダヴィンチ」と冒頭で紹介しましたが、コンタクトレンズとしての最初の開発者は「オーゲン・フィック」というスイスの眼科医とされています。

そしてコンタクトレンズの実験について記した、オーゲン・フィックの著書「Eine kontactbrille」という題名が「コンタクトレンズ」の名前の由来になりました。今から約120年前のことです。

1930年代以降になるとプラスチック素材のコンタクトレンズ、いわゆるハードコンタクトレンズが次々と開発されました。

ソフトコンタクトレンズはチェコの発明家「オットー・ウィフテルレ」が1961年に開発し、1971年に販売が開始され、日本では1972年に販売の許可が下りています。

コンタクトレンズというと、なんだか最近開発されたようなイメージがありますが、その歴史は意外なほど古いことがわかりますね~。

これからコンタクトレンズがもっと便利なものになって、想像もつかないレンズが開発されるかもしれません! 楽しみです!!